お知らせ
番組チェックは今回を持ちまして終了させていただくことになりました。長らくのご愛読、有難うございました。
なお、番組収録の取材をしました「まだまだ新米ぶぅーぶの番組取材」の方もぜひお楽しみください!
暑い暑い夏も過ぎさり、見上げる空はすっかり秋の色。サンマ、栗、芋…おいしいものいっぱいの秋を控え、食欲もりもりのM・Kですが、みなさま、お元気ですか。
さて今月のチェックでは、タカラジェンヌが自らの原点となった場所を訪ねる「私の原点」を取り上げましょう。第4回目の今回は、宙組主演男役・大和悠河が、出身中学校を訪れたり、音楽学校時代の恩師と再会します。懐かしい風景やお世話になった人たちに出会い、主演スターが見せる、飾らない素顔に注目です。舞台映像やプライベート写真もたっぷり見られますよ。
番組は2008年7月5日、宙組の梅田芸術劇場公演『雨に唄えば』初日。大和の楽屋入りのシーンから始まります。そして大和のコメントをはさみながら進行します。
初めて宝塚を見た小学生のときから「目が男役の方にいっていた」という大和。「将来何になりたいとか考える時期でなかったからこそ、あぁ、これをやりたいと思えた」ため、中学に入ってすぐに宝塚音楽学校受験を決め、中学卒業時に最初の受験でめでたく合格。95年の初舞台では、早くから注目を浴びて、バウホール公演主演、新人公演主演などで活躍した月組時代を経て14年目の今、宙組主演男役として、宝塚のスターになりました。
大和が最初に訪れた「原点」の場所は、宝塚大劇場、そして宝塚音楽学校のある宝塚です。大劇場に続く花の道を歩く大和から、一言が。歩くのは「受験のとき以来」だと言うのです。実は宝塚の生徒には、花の道を歩いてはいけないというルールがあるのだとか。「だから今回、こういうふうに歩けるのが、とってもうれしい」…知りませんでした。
大劇場のゲート前で、音楽学校に入ってすぐの1年目、予科生のときのすみれ売りの思い出を写真と共に語ります。一緒に写っているのは、夢大輝と一色瑠加。みんな頬がふっくらして初々しい。
昔の音楽学校を外から眺め、宝塚大劇場のロビーに入った大和を待っていたのは、音楽学校時代の恩師、大関弘政先生です。大関先生の演劇の授業が大好きだった大和は、授業の前には誰よりも早く稽古着に着替え、教室の前で待っていたとのだとか。それくらいファンだったのです。「先生! あぁ〜お久しぶり」と表情がゆるむ大和、「涙が出てきちゃった」と泣き笑いで握手します。楽しく刺激的だった授業についてなど、おしゃべりも弾みます。
続いて大和の小さいころを振り返ります。幼少時代の大和は、人見知りで恥ずかしがりやでした。まだ幼い大和と、3歳上の兄とのツーショット、宝塚を初めて観た小学生の頃など、小さいころの写真が貴重です。
そして宝塚受験を決意した中学時代。東京都文京区にある東京家政大学付属女子中学校が大和の母校です。卒業以来初めて校舎を訪ねた大和、まず中学3年の担任で、宝塚合格のときお世話になった小野先生に出迎えられます。先生が明かす大和のエピソードがおもしろいのですが、これはぜひ放送で。
続いて大和は、学校に内緒で宝塚受験の準備をすすめていたことを、唯一打ち明けていた、担任の塩谷先生と再会。塩谷先生は当時を振り返り、「まさか受けるとは、まさか入っちゃうとは」と笑います。
そして、大和は、体育館に向かいます。中学時代に大和は、半年だけですが、バスケットボール部に所属し、この体育館で毎日練習に励んでいたのです。体育会系を自認する大和にとって、短い期間でしたが、バスケ部はやはり原点です。トレーニングウェアに着替えた大和は、顧問の横田先生との再会を果たし、後輩たちの練習に参加。中学卒業以来というバスケットに挑戦。みごとシュートを決めます。
練習後はバスケ部の後輩たちとの座談会。男役の仕草を教えたり、校歌を歌ったり。後輩に囲まれ、ますますニコニコ顔の大和でした。
最後に大和が訪れたのは、学生時代、当日券を必死にゲットして観劇していた、東京宝塚劇場。東京出身の大和にとって、宝塚人生の原点の場所です。それも劇場のいちばん後ろの席。旧東京宝塚劇場では3階の最後列ですね。少女時代の大和が宝塚への夢を温めた場所。「今もあのころの自分と同じようなお客さまがいる。主演男役になった今も、その思いを忘れたくない」…最後列に座って大和はそう言います。
次回作は、9月26日に初日を迎える宙組公演『Paradise Prince』『ダンシング・フォー・ユー』。公演への抱負、意気込みを語り、8月9日の集合日風景で番組は終わりました。
原点への想いを語り、自分は「まだもう一歩、だせてない」と今後の意欲を語る大和。「もっと楽しい世界が待っていると思う』という貪欲さが、頼もしい! 幼顔の少女がいつの間にか堂々とした主演男役に育ち、初舞台以来見続けている私としては、感慨深いものがありました。







